スノボのためにヒッチハイクをしていた留学時代。

異国の地アメリカでヒッチハイクを利用してスノーボードにハマっていた時期がありました。金がなかったのもありますが最初の一歩を踏み出してヒッチハイクをしていたのは今更ながらすごいなと。今はそんな環境は無いけれど好きなことをしたいがためによくやっていました。昔のことを思い出しながらちょっと書いてみます。

90年代終盤での経験

1995年から1998年とアメリカのベリングハムという町に留学で滞在していました。その当時一番ハマっていたことがマウントベーカーという山にスノーボードをしていたことです。年齢も19歳から22歳のただの学生でしたので、ほぼ仕送りの何も生産性のない若者でした。その時ブログでもやっていれば小遣い稼ぎとか出来たと思うとちょっと残念。(やっていたかはわかりませんが…)

金が無いのでヒッチハイクで山まで通っていました

スノーボードを始めたのはアメリカに行ってから。ちょうどスノボブームが日本に到来し友人たちもハマっていて、趣味もとくになかったのでスノボで有名な山も近くにあるので始めました。それプラスのキッカケはモテるかもしれないという安易な理由もあったのは一番デカイかも。(実際それでモテた覚えはない…)

始めたのはいいのだがスノーボードってとにかく金がかかるスポーツなのです。当時はスノーボードシーンも成長過程にあってあらゆるものが高額だった。確か全てのギアを揃えるのに10万から20万は余裕で超えていました。それでもシーズン券と用具があり山まで辿り着けさえすれば、大好きなスノーボードが出来る。はじめは誰かに連れて行ってもらうしか手段が無くかなり苦労をしました。留学一年目はそんなに友達もおらず、言葉の壁もありそんな都合のいい人は少なかった。

何度か行くうちにヒッチハイクをしている若者を見かけた

それでも何度かマウントベーカーに通っているうちにたまに、と言うかよくスノーボードの装備をした若者がヒッチハイクをしている場面をよく見かけました。これなら金をかけずに行けるかも?と思い友人や地元に詳しいひとからいろいろ情報を集め、ヒッチハイクのスポットを聞き出しました。一応ボロいながらも車を所有していたのでスポットまで車で行きそこからヒッチハイクをすることを決意。

スピード狂の若者2人組が初ライド

今から15年もの前のことですがはっきりと覚えています。爆音で近づいてきた80年代ゴルフ。車の上にキャリアがついてスノボが積んでいました。ものすごい勢いで止まって車に乗せてくれました。20代の若者二人が当たり前のように乗せてくれましたが、乗った瞬間からGがかかるほど猛スピードで発車!コーナリングもかなりぶっ飛ばして会話という会話もあまりなく普通は40分ほどかかる山道を30分ほどでマウントベーカーへ到着。ヒッチハイク自体ドキドキしたのですが、たどり着くまでもスリリングなドライブで人生初のヒッチハイクを完了。

一度やってしまえば次は簡単

一度勇気を出してヒッチハイクをしたことで、その後は当たり前のようにヒッチハイクでスノボに行っていました。たまにビデオに出てくるような有名プロスノーボーダーに乗せてもらったりとなかなかの体験が出来ました。もしその当時にiPhoneなんかあったら興奮気味にドヤ顔で投稿してたかもしれません。

あとはいかに金を使わないかを考えた

ヒッチハイクとバックパックはイコール。旅行では無いのですがスノーボードはとにかく荷物が多い。出来るだけフル装備をしても、グローブやゴーグルなどバックパックに荷物を入れて行くのがデフォルト。ロッカーに入れるのは簡単なのですが、いかにお金を使わないかを極めていたので最低限の荷物と自分で食事を持参。スキーエリアでお金を使うのは、カフェテリアのココアとたまにフレンチフライを買うぐらい。ごくまれにハンバーガーなどを買ってリッチな食事をすることもありました。でも平均2ドル(200円)くらいしか使ってなかったと思います。

途中から欲が出て快適な車が停まるとホッとする

山に行く人はいろんな人がいます。車も経済格差というかがはっきり出ていて面白かった。アメリカは日本のように車検が無いのでとんでも無い車が走っています。

貧乏学生の車はヒドイのが多かった!暖房がほどんど効かない車とか、ワイパーがまともに機能しなかったりとかいろいろ。こういう車に当たった時は事故るんじゃないかとビクビクしながら乗っていました。逆に4輪駆動の新しめの車が停まると心の中でガッツポーズ!安心のゆったりシートで暖かい車内、道中は快適ドライブが手に入ります。

パンクな若者達は日本を知らなかった

たぶん100回以上はヒッチハイクをしたと思いますが、その中でも印象に残っている車があります。ボロボロのキャデラックに満員の状態で止まってくれたのですが、中に入っている人たちがぶっ飛んでいてちょっとビビリました。見た目がパンクな感じ…てか明らかに山に行く格好ではないので、不安のあまり断ろうかとも考えるくらい。とにかく乗るまでも大変でスノーボードもギリギリトランクに詰め込み、車内も満員のところに乗ったのでギュウギュウ詰めに…しかもダッシュボードにナイフが刺さっているし、ピアスやら自分で入れたようなタトゥーが入った出で立ちの若者ばかり。たぶん10代前半とかも混じっていたような。

5人くらいいたんだけど、みんな10代だったかも。あまりにも異様な雰囲気でどっかに連れて行かれるのでは?とかちょっと思っていたので会話も刺激しないように当たり障りのないように気をつけました。会話もしましたが日本って言葉も初めて聞いたような感じで逆に説明に困ってしまった。自分は金は持ってないよ的な雰囲気は十分に出していたつもりです。まぁでもたぶんやさしい人達で善意で途中まで乗せてくれたのですが、ちょっと身構えてしまいました。彼らが走りさる時は車輪が空回りして急発進。何事もなく降りれてホッとしたのをはっきりと思い出しました。

そんなこんなで当時の貴重な体験を思い出しながら書いてみました。いまやるのは考えられないけど我ながらよくやっていたものです。

ぼくはBURTON一色でした。ゴーグルはオークリー。

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